2013年11月19日火曜日

お花のろうそく(2)-再会

バンコクで素敵なお線香とろうそくと出会ってから約2年。

日本に戻った私は漠然と「こんなお線香やろうそくが日本でも買えたらいいのに」
と考えていました。

「自分で輸入販売をやってみようか」と思わないでもなかったのですが、
一方で冷静に「私に輸入や小売りの経験はない。
それに、子供を亡くした母親というのは、現代日本ではマイノリティ。
商売として成り立たないだろう」と判断していました。

私はそれまでその職業人生をずっとIT業界でSEとして過ごしていました。
輸入も小売りも、どうやってよいのか全く分かりません。

しかし、東日本大震災の後、子供を亡くした親仲間が
たくさん生まれてしまったことに心を動かされました。

そしてTVで、お子さんが見つかった場所に
様々なろうそくを灯しておられるご夫婦を見た時、
「私はあのろうそくを輸入しなければ」と思いました。

日本でも個性的なろうそくは手に入ります。
けれど1つ300円から500円ととても高価。
カメヤマローソクさんが「故人の好物」シリーズを発売されていますが、
どれも和風で年配の方を想定した商品です。

「子供のために物を買う」という行為は、親にとって喜びにあふれた行為です。
しかし子供を亡くすと、そういった楽しみから拒絶されてしまいます。
唯一残されるのは、お供えするお線香やろうそくを買うことくらいになってしまいます。

あの人たちが、可愛らしいあのお花のろうそくを灯せたら、
ほんの少しは心が慰められるのではないだろうか。

そして、そのような商品を私がお届けすることによって、
「あなたと同じ経験をした人がここにいます」と
伝えることも可能になります。

死別直後、同じ経験をしたことがある人との出会いは、
私の心を慰めてくれました。
「この辛い経験をしているのは自分一人ではないのだ」と思えると、
なんとか明日も生きてみようと思えるのです。


その後、転職や紆余曲折を経て、2012年の夏。
私は「このお線香とろうそくを自分で輸入して売ってみよう」
と決意しました。

「まずは、商品を入手するのが先決だ」と思いました。
輸入ってどうやればよいのでしょう。

私はそれまでの経験で
「入門書を3冊読めば、その業界の概要は把握できる」
ということを知っていました。

そこで、とりあえず大きな書店や図書館で
「個人輸入の始め方」「貿易入門」的な本を
手当たり次第に入手して読んでみました。

すると、どうやら「国際見本市に行って商品を開拓する」のが
個人起業の王道であることが分かりました。

そして「世界の主な見本市」として、
私が幼馴染に連れて行ってもらった、あのバンコクのショッピングイベントが
記載されていました。

もう、これは運命です。

最後の職場を傷病で退職した私には、
手術へのお見舞金として医療保険が払い込まれておりました。
なんとなく使う気になれず、ずっと保管してありました。
「あのお金を使って、もう一度バンコクに行こう」
そう決めました。

イベントのサイトを検索すると英語ページがあり、
「Buyer」のタグから必要事項を記入したところ、
あっけなく「バイヤー」として登録することができました。

幸い、お線香の会社はこのイベントに参加しており、
メールをしたところ簡単にアポイントメントを
とることができました。

問題は、お花のろうそくの会社です。
ショップ名も会社名も、商品名も分かりません。
手がかりは、手元に残っているろうそく実物だけです。

仕方がないので、ろうそくを持参して見本市の会場へと向かいました。

会場はとても広く、時間は限られています。
あてなく動くのは得策ではありません。
受付を担当してくれた男性に、
「私はこのキャンドルを探しに日本から来ました。
何か御存知ではありませんか?」と聞いてみましたが、
「私には分かりません」と言われてしまいました。

私があまりにも不安な顔をしていたのでしょう。
隣にいた女性が「キャンドルメーカーならこのエリアに多くありますよ」
と、会場マップを手に教えてくれました。

会場マップを手に、いざブースへ。

さんざん歩き回った挙句、ついに私はそのブースを見つけることができました。

お花のろうそくはますます素敵になっており、
ブースは2年前の3倍くらいの広さになっていました。

うれしくて駆け寄り、練習してきた英語で言いました。
「私はこのキャンドルを探しに日本から来ました。
今、お時間よいでしょうか?」

緊張と経験不足を悟られないように、明るく・優雅に・感じよく。

すると、オーナーの男性は微笑みながらこう言いました。
「ようこそバンコクと私のブースへ。
でも、今からTVインタビューがあるから15分後にしてくれないか?」

彼は、2年前にジャンバーを着ていたあのおじさんと同一人物のはずですが、
ピンクのストライプのワイシャツを着て、高そうなネクタイを締めています。
そして、ブースもデコラティブに装飾されており、
ショップカードなども完備されています。

あの「お花のろうそく」がなければ、同じ会社のブースだとは信じられません。
それにTVインタビューって…!

インタビューが終わるのを待って商談させていただきましたが
「今日ここで気に入った商品の写真を撮って、後はメールで注文してくれ」との一点張り。
「カタログも取引条件もメールで送る」とのことです。

事前に読んだ本では
「日本の見本市は情報収集と名刺交換が主だが、
海外の見本市は実際に注文する場所。
その場で注文する決断を下さないと、決定権のない人間だと思われ相手にしてもらえない」
と書いてありました。

ただでさえ、経験も実績もない私です。
「絶対にその場で注文!」の気持ちでいたのですが、
なんだか話が違います。

その後、タイ・ジェトロの方に聞いたところ
「あの会社は2年前にニューヨーク近代美術館のミュージアムショップに採用され、急成長しました。
日本にも大きなお客さんを持っているので、相手にしてもらうのは大変でしょう。
それよりも、最初は市場で直接買い付けてハンドキャリーする方がよいのでは?」
とのこと。

目の前が真っ暗になりました。
大手の会社が取引をする際には、価格競争を避けるために「独占販売権」を得たがります。
もし、その会社が日本国内での占有権を欲していたら、
私はこの会社と直接取引することがでいません。
帰国後メールしても相手にされる確率はとても低いということです。

2年前と言えば、私があのろうそくと出会った年ではありませんか。
私がぼんやりしている間に、こんなことになってしまうとは。

私は、このろうそくを入手できなければ、
この事業を諦めて、再就職しようと考えていました。
他のブースや市場もくまなく探しましたが、
遺族の心を慰められるようなろうそくには出会えなかったからです。

ホテルに戻って考えました。
せっかくバンコクまで来たのに、どうしよう。
やっぱり素人には無理なのだろうか。
いや、それでも手ぶらで帰るわけにはいかない。
せめて、自分と仲間の分のろうそくを買って帰ろう。

私は、急遽後半のショッピングデーに買い付けをすることに決めました。

朝一番に会場入りし、一般のお客様にまじってさりげなく小売価格を視察。
やはり卸の仕入値よりは高くなります。

お昼前のフードコートに陣取り、ノートを広げて必死に計算をしました。
使えるお金、他の製品との価格比較、
スーツケースで持ち帰れる量、EMSで送る場合の送料etc。
しかし、どうすればよいのかさっぱり分かりません。

どれくらい時間が経ったのでしょうか。
「こちら、よろしいですか?」
日本語で話しかけられ、ふと目を上げると、フードコートは大混雑していました。

いつのまにかお昼時になり、私に声をかけた日本人女性は
家族でランチを食べる席を探しているようでした。
その女性の家族なのでしょう。息子と同じくらいの年ごろの男の子が、
必死でメモを取る私を不思議そうに覗き込んでいました。

「あ、ごめんなさい。もう行くのでどうぞ」
私は慌てて席をゆずり、会場に向かいました。

久々に日本語で話したせいか、なんだか肩の力が抜けました。

この価格で仕入れても商売が成り立つとは考えられない。
とりあえずサンプル代わりに購入しよう。
「お土産をたくさん買う」のと同じだ。
ショッピングと値切るのなら、ちょっとは得意だ。気軽に行こう。

そう心に決めて、混雑する会場へと向かいました。

ブースにはオーナーの彼とその家族もいて
「なんだよメールでオーダーするんじゃないのかい?」と言われたので
「サンプル代わりに少し売って!」と言い返し、
商品を吟味して購入しました。

まあ、顔は覚えてもらえたかな。
それだけが今回の収穫になるかもしれないけれど。
そう思いながら、なんとか入手したろうそくをホテルまで運びました。

これが私の見本市デビューです。
(今にして思えば大胆な話ですが、私は国内の見本市にも参加したことがなかったのです!)


その時に購入した箱入りのお花のキャンドル。
運んだ際に箱がへこんでしまいました。


次の記事へ続きます。

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